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阿多親市氏
ソフトバンクBB株式会社 常務取締役 兼 CISO
1958年生まれ。1982年にアイワに入社、1987年にマイクロソフトに入社。マーケティング部部長、パーソナルシステム事業部長を経て、2000年5月に代表取締役社長に就任。2003年ソフトバンクBB常務取締役、2004年3月より同社情報セキュリティ管理責任者(CISO)を兼任。 |
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阿多氏は、技術の変化が人々の生活を大きく変えるということを身をもって2度経験している。1つは新卒で入社したアイワ時代。2つめはWindowsのプロダクトマネージャを経験したマイクロソフト時代だ。
阿多氏はアイワでCDプレイヤーとDATの製品担当を経験した。CDプレイヤーがはじめて世間に登場したのが1982年。同氏は自らマーケティングを担当したCDプレイヤーが普及し、レコードがCDに置き換わる様子を目の当たりにした。DAT(Digital
Audio Tape)はアイワが世界で初めて発表した製品だ。同氏はDATのマーケティングでも中心的な役割を果たす。この経験が同氏に転機をもたらすきっかけの1つになる。
「DATはオーディオのメディアというよりも、コンピュータに活用されていくものだと思い始めたのです。当時は5インチのフロッピーでパソコンが動き、ハードディスクは非常に高価だった時代です。DATのような大容量メディアがコンピュータを普及させ、すべての家庭や会社にコンピュータが入り、生活や仕事が楽しいものになっていくかもしれないと考えたのです」と阿多氏は語る。その後同氏はマイクロソフトに入社し、Windows
3.1そしてWindows 95の販売を成功させる。Windowsはブロードバンド時代の到来とともに人々の生活を大きく変えることに貢献した。
しかし2000年以降はマイクロソフトにとってブロードバンドがさまざまな受難をもたらすことになる。CodeRedを始めとするWindowsの脆弱性をついたコンピュータウイルスが次々と登場したのだ。このとき同氏は日本に来たビル・ゲイツ氏に嘆願したという。
「このままでは企業にWindowsを導入していただけない。製品の見直しとすべてのプログラマーの教育をやり直すべきだと提案しました」(阿多氏)。その結果、マイクロソフトはすべての製品の出荷を半年遅らせることになる。「DATの登場ではコピーという著作権問題に遭遇しましたが、インターネットやネットワークにつながるPCは、止まっただけでビジネスの損害になります。情報セキュリティの損害の規模が非常に大きいことをここで経験しました」
阿多氏は「もう一度世の中を変える一助を自分ができれば」との思いから、その後ソフトバンクBBに常務として参加することになる。ソフトバンクBBでは、顧客情報流出事件に遭遇し、CISOの任務を引き受けることになった。そしてその後、情報システムとカスタマーサービスの両方をも担当するようになった。 |