95年から情報インフラを刷新、Windows® PCベースへ
ここで、キヤノンの情報インフラがどのように推移してきたかを簡単に紹介しよう。大きな変革は1995年からはじまった。
情報通信システム本部 グローバルネットワーク推進部 部長 南島俊夫氏によれば―
「95年、Windows95が出ました。そこで、OA環境をWindowsとその上の標準的なアプリケーションで統一しようと計画したのです。それま
では、1人1台のPCがゆきわたっていたわけではなく、 2人に1台くらいですかね。しかもMacが多かった。MacとWindowsの比率は3:1くら
い。つまり、Windows PCを使っている人は8人に1人でした。それを、全員にWindowsを使ってもらうことにしたのです。」
随分と思い切った変更だが、その動機を仲本氏は次のように説明する。
「もちろん、ユーザから不満の声もあがりました。しかし、これはやらなければならない。その当時、我々IT部門として危機感を抱いていました。デザイン
系はMacを好み、技術系はUNIXを使い、 という状態は当然としても、一般のオフィス業務にもMacが多用されて混乱していました。会社としての方針の
ないまま放っておくと手が付けられない状態になると思い、多少強引にでも標準インフラを作ろうとしたわけです。」
この計画は順調に進展し、96年中には1万1千台のWindows PCが導入されることになった。しかし問題がないわけではなかった。そのなかでもサポートの問題は深刻だった。PCの使い方の指導、ハードウェア故障に際
しての部品交換などだ。 情報システムの規模が大きくなると、これらの負担は無視できない量になる。
技術情報システム 第二推進部 部長 嶋岡浩嗣氏がふりかえる―
「パソコン委員の制度を設けて対処したのですが、不十分でした。サポート要員は、ユーザ500人に1人くらいの割合ですから、手が回りません。なんとかしなくては、と悩んではいたのです。」
そんなおり、ひとつの事件が持ち上がった。
アウトソーシングのきっかけは、2週間で1000台のPC設置の要求
96年10月、技術系の部門が情報インフラを導入する上で約1000台のPCを、なんと2週間で導入設置、完全に動かす要望が出てきた。
「これは、キヤノンのIT部門だけではとてもできない。そこでユーザ部門と協議し、HPが提供するアウトソーシングを利用してもらいました。1000台の導入設置、それから安定運用までの面倒をみてもらおうと。」(嶋岡氏)
この判断は正解だった。HPの協力のもとに、1000台のシステムが無事に運用開始できたのである。これをきっかけに、HP
EDMSの効果が認識された。
南島氏によると―
「この時点でのアウトソーシング利用は、その後のキヤノンに於けるインフラ管理の方向性を決定したといってもよい。」
その後、下丸子、富士裾野にも導入が進み、現在、事務系、技術系合わせて5千数百台ほどのPCが、HP EDMSによって運用管理されている。
これにより、IT部門の仕事の性質も変わってきた。運用管理からは手が離れるので、調査・企画、戦略の策定などがIT部門の大きな役割となった。また、ユーザからの要求・要望もEDMSヘルプデスク経由であがってくるので、
それらにも応えていかなくてはならない。IT部門は、実際のエンドユーザのニーズに基づきサービスを企画・実現する。その結果、ユーザから信頼を得ているのである。このような業務内容の変化は、ユーザが本来の仕事に回帰したのと同様、
IT部門としてもっとも重要な作業に時間をさけるようになったといえるだろう。
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