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特別連載コラム 第8回全日本篇

HP x クルム伊達公子選手

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HP JAPAN WOMEN'S OPEN TENNIS 2009
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12年ぶりのブランクを乗り越えた38歳の快挙。全日本単複2冠、有明に弾けた「伊達スマイル」
ニッケ全日本テニス選手権 83rd 大会全成績はこちら
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 満面の笑みだった。相手のボールがベースラインをわずかに割ると、クルム伊達は小さくガッツポーズ。16年ぶりに全日本選手権を制した瞬間だった。「ふたたびコートに立つと決めた日から、この全日本を目標にやってきましたけれど、まさかまさか優勝できるとは思ってもいませんでした……」。有明コロシアムに足を運んだ7267人の大観衆から割れんばかりの大拍手が贈られる。11年半のブランクをものともせず、38歳の挑戦者は復帰後わずか半年で国内最高峰のタイトルを手に入れた。

 38歳での全日本制覇は戦後2番目の年長記録。決勝の舞台に立つ前、41歳の最年長記録を持つ宮城黎子さんを思った。「きょうは宮城さんのことを思ってコートに入りました。宮城さんの40歳での優勝がパワーの源になりました」。偉大なる先駆者は今年6月に86歳で亡くなったが、その存在は今もなおクルム伊達の心の中にある。「プロになる前から声をかけてもらっていました。本当にテニスが大好きな大先輩。宮城さんまではいかないにしても、私もテニスが大好きなんだなと思います」。

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 優勝すると、スタンドで観戦していた夫ミハエルへと駆け寄り、いつものようにキスをかわした。「彼女は本当にすごいよ。スーパーウーマンだ」。誰よりもクルム伊達のカムバックを願っていた。01年に結婚してから、ことあるごとに言い続けてきた。「やっぱりキミコはコートに戻るべきだよ。プレーしたいという気持ちがあって、それを見たいというファンがいる。何を迷っているの?」。当初は「ありえない」と笑っていたクルム伊達だったが、徐々にその言葉の持つ意味がわかってきた。「失敗することも、負けることも、何の問題もないんだよ」。ミハエルの言葉が、その存在が、カムバックへの始まりだった。

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 ただ、目標もなく、漠然とやるのは嫌だった。自然と浮かんできたのが全日本選手権だった。歴史と伝統に彩られ、日本選手なら誰もが憧れるビッグタイトル。かつての自分がそうだったし、あの頃の気持ちを思い出すという意味を込めて新しいスタートを切った。「でも最初は全日本のシングルスに出場するのはむずかしいかなと。だからミックスダブルスあたりが現実的かなと思っていました。動きも半分ですし(笑)」。そんなスタートから、わずか半年で全日本選手権を制した。優勝盾を高々と掲げる姿を見ながら、改めてクルム伊達の凄さ、心の強さを思った。

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 クルム伊達の強さは何か?代名詞でもあるライジングショット、元世界4位の経験、類まれな集中力、勝負どころの見極め――どれも間違ってはいない。その通りだろう。だが、私がひとつだけ挙げるなら「徹底した準備」に尽きる。この半年間、彼女は目の前の課題に、いつも真摯に取り組んできた。特別な練習法など何もない。常にベストな状態で試合に臨めるように、やるべきことを徹底してやってきた。誰よりも強く、激しく。大観衆の中でスーパーショットを繰り出す姿よりも、どこの会場でも駐車場や通路を利用し、コーチやトレーナーとともにフィジカルトレーニングやランニングを黙々と繰り返していた姿が印象深い。

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 シングルスで優勝した翌日、藤原里華と組んだダブルスでも優勝を飾った。ふたりのダブルスはネットプレーで勝負する平行陣。サーブ&ボレーにリターンダッシュと常に果敢にネットへ出て行く。クルム伊達が好むそのダブルススタイルは、彼女の生き方と重なっている。「後ろでつないで相手のミスを待っていてもおもしろくない。どんどん前へ出て自分たちから仕掛けてポイントをとりにいく」。攻撃的なスタイルを貫き、頂点に立った。一度、引退する前にも成し遂げられなかった単複2冠。今年の全日本選手権はクルム伊達のためにあった。

 目標にしていた大会を最高の形で締めくくった。達成感はあるが、しかしすでにその眼は次なるステージへと向けられている。来年から予定している海外トーナメントへの参戦だ。「全豪オープンの予選には行こうかなと思っています」。これから先、何が見えてくるかは本人もわかっていない。わかっているのは、この半年間よりもタフなチャレンジが待っていることだけだ。「それは百も承知しています。でも、その中で自分がどこまでできるのか、楽しみですね」。38歳のチャレンジは、しばらく終わりそうにない。

昔はわからず、今わかること

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 ご存知の通り、クルム伊達は96年のシーズンを最後に一度、現役を退いている。そのときはわからなかったけれど、今になってわかることがあるという。それは「決してひとりではなかったこと」だ。当時は「ずっと孤独だと思っていました。ホテルでもひとり、コートでもひとり……誰にも弱音を吐けなかった。自分で孤独だと思い込んでいました」。引退したあと、実はいろいろな人に支えられていたんだなと初めて気づいた。
 皆さんはどうだろうか? 会社でも、学校でも、ひとりだと思うとつらくなるのは誰でも同じ。そしてそう思い込むと自分の殻に閉じこもり、どうしてもネガティブになり、笑顔が消える。「今は違いますよ。ひとりじゃないという意識が強い。だから頑張れるんです!」。人と人とのつながりを大切に――。

文/テニスマガジン誌編集長 牧野 正
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