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特別連載コラム 第20回ウインブルドン篇

HP x クルム伊達公子選手

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13年ぶりのテニスの“聖地”。世界9位相手にクレバーで多彩なテニスで観客を魅了
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 今年リニューアルされた2番コートのスタンドは不思議な空気に包まれていた。世界9位の18歳カロライン・ウォズニアッキと、13年ぶりにウインブルドンにカムバックしてきた38歳のクルム伊達公子の“世代対決”。まだキャリアの浅いテニスファンは、先週イーストボーンでの前哨戦を制したウォズニアッキがなぜこんなにもたついているのか不思議だったかもしれない。目の肥えたファンは、それが今大会最年長のクルム伊達の緻密な戦術のせいだということに気づいただろう。そして、若いファンには見慣れないテニスを、オールドファンはちょっとしたノスタルジーに浸りながら見つめていた。たとえるなら、メジャーリーグの舞台に初めて現れたイチローに通じるようなものだっただろうか。

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 敗れはしたが、約2時間の試合は4000人の観客を確かに惹きつけた。それが日本人記者のひいき目ではない証拠に、長年テニスを取材し続けているイギリスやアメリカの記者たちが記者会見場にやって来て、うれしそうにこう話しかけてきた。 「とてもおもしろい試合だった。多彩なショットでクレバーに試合を組み立てていく彼女のプレーは、なんていうか、今の女子テニスがほとんどなくしてしまったものだからね」
 ちなみにメインのインタビュールームに呼ばれたのがクルム伊達で、勝ったウォズニアッキは10数席しかないサブルームだったことも記しておきたい。
 先の記者が発した「今の女子テニスにはあなたのようなバラエティが必要だと思わないか」という質問に、クルム伊達は英語でこう答えている。 「テニスはパワフルにスピーディになって、簡単に決まってしまうこともある。でも、テニスはもっと頭を使うものだというのが私の考えです。私は背も高くないし、パワフルでもない。だからいつも頭を使うようにしています」

 その「頭を使ったテニス」が、今回の場合はウォズニアッキに腰から上で打たせないという作戦だった。ウォズニアッキのベストショットが生まれる高い位置からの強打を防ぐためにスライスを多用。低軌道のショットはもともとクルム伊達の持ち味だが、そこへスライスを「織り交ぜて」と言うよりは「中心にして」と言っていいほどしつこく打ち続け、ウォズニアッキを手こずらせた。
 スライスは本来防御的なショットだ。けれどクルム伊達は攻撃的なスライスを芝でずっと練習してきた。チップ・アンド・チャージの練習も、外国の男子選手にサービスを打たせて何度も何度も…。

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伊達が世界のトップ10にいた頃、あるナショナルコーチから聞いた言葉を不意に思い出した。
「30分休憩なしでサーブを打ち続けるスタミナは、プロなら当然皆ある。でも、その間すべてのサーブを試合中のファーストサーブと同じ集中力で打ち続けることのできる選手は、伊達選手以外に知らない」
 世界9位のパワーヒッターを追い詰めていけたのは、こうした練習の成果にほかならない。得意のショットを打たせてもらえない18歳は、苛ついてラケットを地面に叩きつける。思惑通りの展開で第1セットを7−5で奪うと、第2セットも3−1とリードした------。
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 「あそこまでは、作戦通りパーフェクトだった。彼女もいろいろしようとしていたはずですけど、私のプレーがそれをやらせる機会を封じ込めていたんじゃないかと思います」
 クルム伊達の確信を、ウォズニアッキの言葉が裏付ける。
「なぜ彼女が芝を得意としていたのかよくわかったわ。あんなふうに低いボールばかり来たら、私は下から打ち上げるしかない。とにかくすごくやりにくかった」

 クルム伊達の試みは最後までブレなかった。ただ、スタミナが最後までもたなかった。
「疲れが出てきてショットの伸びがなくなり、サーブの確率も悪くなった。悪い状況でも耐えてワンチャンスを逃さないのがトップ10プレーヤー。自分の質が落ちればああいう展開になってしまう」

 5ゲームを連取されてセットを失い、最終セットはまた足に痙攣がきてしまった。メンタルで勝りながら、フィジカルで負けたという現実に、やはり年齢の壁があるのかもしれないし、パワーをテクニックで封じる策にも限界があるのかもしれない。けれど、勝利が見えたあの域まで到達したこと自体がまさに“アンビリーバブル”。けれど、今の選手が皆真似をしてスライス作戦を立てたところで同じようにできるかといえば、それはクルム伊達がパワーテニスを展開できないのと同様に無理なのだ。ただ、「頭を使え」「自分らしさを生かせ」という強烈なメッセージは、テニスプレーヤーに限らずあらゆる境遇にいる人々に訴えかけてくる。

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 今大会、地元のイギリス選手以外でワイルドカードをもらった選手は3人いた。クルム伊達以外には、ポルトガルの16歳ミシェル・ラシェルデブリトとアメリカの19歳アレクサ・グラッチというふたりの10代だったが、クルム伊達がもっとも早い段階で決まったそうだ。もちろんそこには複合的な要素がある。日本はアジアの中でももっとも早くからウインブルドンに選手がやって来た国だし、長い歴史の中には優勝者もいる。放映を続けて来たテレビの功績も大きいだろう。そして、そうした日本に対する好意的な評価を象徴するような出来事が、あの13年前の伊達公子のベスト4入りだったに違いない。アジア女子として初の快挙でウインブルドンに新たな歴史を刻んだ選手が、13年ぶりにカムバック、しかも道楽ではなく真剣勝負でチャレンジしている姿は、ウインブルドンが求めるイメージのワン・ピースにぴったり嵌まったのではないだろうか。
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 クルム伊達は試合後にこう話している。
「ワイルドカードの責任ということまでは考えないようにしていました。でも、とにかく自分のベストを尽くして芝の上で自分らしい道を切り開いていくことが、そこにつながるのではないかという思いで、このチャンスをいただきました」
 13年間、クルム伊達にとって最後のウインブルドンはセンターコートだった。そんなテニスプレーヤーは世界にも滅多にいるものではないのに、これからはそう言えなくなってしまうのはちょっともったいないな、などと実は感じていたのだが、今思えばそれがどうしたというのだろう。2009年ウインブルドン、クルム伊達が2番コートに残した衝撃は、13年前のセンターコートに勝るとも劣らないものだった。

メディアへの対応

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 選手には試合以外にもさまざまな“仕事”がある。中でもメディア対応は時に面倒なものだろう。グランドスラムでは日本選手の場合、勝敗に関係なく試合後は必ず記者会見があるし、その後にテレビ各局のインタビューがある。中でも今大会のクルム伊達への注目度は高かったので練習中もカメラに追われるし、練習後は国内外のメディアのインタビューが一度や二度ならずあった。かなりのストレスかと思いきや、「今はテニスをやってること自体がストレス解消になっているので大丈夫」と言うのだから頭が下がる。  フォトセッションだっていつも受け身じゃ疲れるが、気の知れた日本のカメラマンたちを相手に「もっと空を入れたほうがいいんじゃないですかあ?」と自らお茶目にプロデュース。鋭い(?)指摘にベテランのカメラマンもタジタジだった!? 

文/山口奈緒美
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