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特別連載コラム 第44回 オーストラリアン・オープン2012篇

HP x クルム伊達公子選手

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テニスマガジン誌 特別コラム(第44回 オーストラリアン・オープン2012篇) Challenge Work & Life
シーズン開幕に「収穫あり」も、初戦敗退で“記録更新”ならず
第44回 オーストラリアン・オープン2012篇 全成績はこちら
  シーズン初めのグランドスラム、開幕を待っていたかのように、前の週は肌寒かったメルボルンに強い日射しが降り注いだ。各コート、午前11時にいっせいに開幕試合が始まる。鮮やかなブルーのウェアに身を包んだクルム伊達公子は8番コートへと向かった――。

  メディアに配布される大会資料には、誰々にこんな記録がかかっているとか、歴代のさまざまな記録のリストなど、見どころや注目ポイントなど詳細に記されたものがある。
photo1
今回もそこにクルム伊達に関する記述があった。(年長記録)の項目だ。正確には41歳109日で大会開幕日を迎えたクルム伊達は、オーストラリアン・オープンの女子シングルスで2番目の年長選手となることが記されている。また、グランドスラムで勝った選手の年長者ランキングにも、昨年のウインブルドンで1勝したクルム伊達の名前が5番目にある。ただ、もし今大会で1勝しても自身の記録を上回るだけであり、順位は変わらない。上には上がいる・・・・・・トップには、クルム伊達が〈再挑戦〉をするきっかけにもなったマルティナ・ナブラチロワの名があり、04年のウインブルドンで1回戦突破したときの47歳235日という年齢が記されている。
photo2   けれど、数字だけの評価に大した意味はない。ナブラチロワの偉業よりもクルム伊達のやっていることの方が「真似できない」と言う海外の記者は少なくないのだ。

「マルティナはダブルスしかやらなかった。シングルスも少しやったけど、あれはまあ気まぐれみたいなものだ。キミコは若い選手と同じようにツアーを継続して戦っている」

  今大会中もそんな褒め言葉を何度か聞いた。
  43歳だった00年にダブルス限定で復帰したナブラチロワは、04年から05年にかけて6大会のみシングルスを戦ったが、すべてワイルドカードを得て出場したものだ。元女王の“退屈しのぎ”のために若い選手のチャンスが潰されていると批判もされた。クルム伊達にも復帰当初にはそういう厳しい見方があったが、それがまったく的外れだったことはその後のクルム伊達が証明している。シーズンを通じてツアーを回り、時には厳しい予選にも挑み、ランキングが落ちれば、注目度の高くないITFの下部大会でもコツコツとポイントを重ねてきた。誰に何の文句を言われる筋合いもないクルム伊達の堂々たる挑戦は、常に海外メディアからもちょっとした関心事なのである。
  そのクルム伊達が、オーストラリアン・オープンの本戦ドローに4年連続で名を列ねた。それは、2012年も戦い続けるという決意表明ととらえていいだろう。
  英語会見では必ずといって聞かれる「今もテニスを続けるモティベーションは何なのか?」「いつまでやるつもりか?」という質問に、今回、クルム伊達はこう答えている。
「今もテニスやツアーを楽しめていることが、(続ける)一番の理由。このまま50歳までやるかもしれないし、明日止めるかもしれない」
  そして、「ここまでやったら、もういつ止めてもいいでしょ?」と笑った。
  もう十分やったという手応えはある。だからといって、テニスが楽しい今、なぜ止める必要があるのかという思いもある。ニュートラルなスタンスは20代の選手には真似しようもないものだが、クルム伊達の場合、「いつ止めたっていい」という気持ちが自分への甘さにまったくつながらないところが不思議である。
  本格に世界ツアーに参戦して4年目の今シーズン、オーストラリアン・オープンへの準備の方法を変えた。過去3年、年始はオークランドのツアー大会で迎えてきた。オーストラリアの気候に慣れる意味でも、南半球で始動するのは多くの選手が好むやり方だ。けれどクルム伊達は、中国の泉州で行なわれた5万ドルのITFの大会に出場。伊達のランキングではオークランドに行っても予選からの戦いになる。予選3つ勝つのはタフなわりにポイントも少ない。
「それもありましたし、(どういう準備をしても)グランドスラムで1勝するのは簡単なことじゃない。どっちみち難しいのであれば、今までと違うことをしてみようかなと」
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  何にだって言えることだが、どっちみちダメかもしれないときに「変えてみる」のか「変えずにいく」のかは人間性が出る。個人的には、「変えてみる」方が勇気の要る分、面白いと思う。
  クルム伊達は変化を選んだ結果、シングルスで優勝、ダブルスで準優勝。その選択は「試合数をこなせて、確実にポイントを取れたという意味で収穫だった」と納得している。ただ、グランドスラム一勝の難しさは今回も思い知ることになった。

  1回戦の相手はギリシャのエレナ・ダニリドゥ。今ではクルム伊達より格下の86位だが、20歳だった03年にはトップ20プレーヤーだった。片手バックハンドのスライスやネットプレーなど技巧派のイメージだったが、プラス、予想以上にミスがなく、しつこく攻めてくる相手だった。30度を超える暑さと強風は両者に同じ条件とはいえ、特に風はフラットなショットのクルム伊達の方に、より大きな影響を与えただろう。アンフォーストエラーの数が計14本のダニリドゥに対してクルム伊達は43本。それが、ストレートセットで決着したこの日のふたりの最大の差だった。
photo5   グランドスラムで結果を残すことを最大の目標に走ってきたクルム伊達だが、「もうグランドスラムはおまけと思うことにしようかと考えてます(笑)」と意外な言葉も飛び出した。決して情熱が失せたわけではないことは、クルム伊達を知る人なら言われなくてもわかるだろう。
  出られるだけでもおまけという見方をするなら、今回はそれ以上のご褒美があった。ミックスダブルスでワイルドカード(主催者推薦)を与えられたのだ。パートナーが今をときめく錦織圭ということでマスコミも色めき立つのは当然で、しかも19歳差の話題のペアには勝利までついてきた。
  このドリームペアの噂は昨年からちらほらと出ていて、最初に錦織の口からミックスダブルスに興味があること、そして「組んでもらえるならクルム伊達さんと」という言葉を聞いたのは、去年の5月、フレンチ・オープンの最中だった。当初は「さすがに(単・複・混合の)3つは体力的に厳しいですし・・・」と積極的には見えなかったクルム伊達だが、徐々に心境に変化を来したのも、人並みはずれたチャレンジ精神の成せる業だろうか。
  2012年も、クルム伊達が振りまく話題は面白そうだ。

クルム伊達と「錦織圭」

錦織圭のシングルス4回戦、スタンドから応援したクルム伊達の姿が大きなスクリーンに何度も映し出された。元世界4位、今も挑戦し続ける41歳は世界中どこへ行っても人気者だ。そのクルム伊達が日本テニスの若きプリンスを応援していれば無理もない。
ただ、「向こう(対戦相手)がポイントを取ったあとに映されるのは、イヤですよ。悪趣味です(笑)」。マスコミの“悪趣味”には若い頃からずいぶん悩まされてきた。とはいえ、錦織勝利のあと、同年代の元ダブルス・世界ナンバーワンでもあるインタビュアーから紹介されると、片手を上げて笑顔で応えた。
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マスコミとのうまい付き合い方は心得ている。最近、身辺騒がしい錦織は言っていた。「(伊達さんには)いろいろアドバイスしてもらいたい」。なるほど、クルム伊達なら「いろいろなアドバイス」ができそうだ。
取取材・文/山口奈緒美 写真/小山真司、BBM
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