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HP Servicesを支えるプロフェッショナルたち

HPサービスのご紹介

HP Servicesを支えるプロフェッショナルたち
  第6回 ISO/IEC 15408認証取得で裏付けられた「HP IceWall SSO」の信頼性
  運用重視のドキュメント作りがシステム成功の秘訣
  信頼されるパートナーへ
地震被災地でサポートを続けたエンジニアたち
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  アウトソーシングを成功させる秘訣は密接なコミュニケーションとパートナーとしての信頼関係
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  ITIL導入によるITサービスマネジメントのレベル向上を目指して
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信頼されるパートナーへ 地震被災地でサポートを続けたエンジニアたち

地震、台風、火山−−−大自然の力は、ひとたび猛威を振るうと、市民生活や社会インフラに甚大な被害をもたらします。日本に暮らす私たちにとって、地震や台風などの自然災害はいつ起きても不思議ではない、身近な脅威ともいえます。このような脅威に備え、HPは事業継続・災害対策システムを強力に推進してきました。
しかし、万が一のことが起こった時に最も重要なことは何でしょうか。たとえシステムが万全でも、そのような時こそ、最も力を発揮するのは人と人とのつながりであるとHPは考えています。

人や建物に甚大な被害を与え、日本中に大きな衝撃をもたらした大震災。時が経っても、被災者の方々に重い傷跡を残しています。その地震発生翌日に、お客様のことを思い、真っ先に駆けつけた日本HPのエンジニアがいました。地震発生翌日から1ヶ月間にわたって現地に滞在し、お客様と共に復旧作業にあたります。彼らのその献身的なサポート活動と、第一線で働く彼らを遠くからバックアップし続けたチームは、お客様からの大きな信頼をいただきました。
今回はそのようなチームの代表として活躍した、斉藤正光氏と金田謙一氏に、今まで詳しく語られることのなかった当時のお話を伺います。

斉藤 正光
グローバルデリバリ統括本部
サポートデリバリ本部
第二アカウントサポート本部
斉藤 正光、金田 謙一 金田 謙一
グローバルデリバリ統括本部
サポートデリバリ本部
第一アカウントサポート本部
※ 本記事掲載の地震当時とは部署名、役職等は異なります。

寝袋、ヘルメット、懐中電灯、そして3日分の食料を搭載しての出発

■ お客様先に、一番にHPが到着したとの事でしたが、地震発生からの経緯と到着までを教えてください。

斉藤 正光 斉藤: 土曜日に地震が発生し、翌日の日曜日の午後2時ごろに金田さんと二人で自分たちのオフィスを出発しました。普段なら3〜4時間の道のりですが、結局あちこちで道路が閉鎖されており、かなり迂回して何とか目的地のオフィスにたどり着いたのは日にちも変わる頃でした。

■金田: 本当にたどり着けるのかなあ?と思いながらの出発でした。情報も限られている中、阪神大震災の様子などを想定し、とにかくキャンプが出来る状態にしていこうと。寝袋をもって、ヘルメットや懐中電灯などの安全具、そして3日分の食料を搭載して出発しました。携帯電話は数種類の会社のものを持っていきました。
局地的な地震だったためか、現地オフィスは電気もきていたのでオフィスを拠点にしました。ただガスと水道はストップしており、夜は冷えるので、梱包材のエアキャップを4重にひいてその上に寝袋で寝ました。寝てみると、余震の揺れで蛍光灯が落ちてきそうで怖い。落ちてきても大丈夫なように二人の隙間に蛍光灯が落ちるように位置を変えたり(笑)。結局3日目にホテルが営業するまでこのオフィスで寝泊りしました。
金田 謙一

斉藤: 余震は結構ありましたね。月曜日の夜明けにオフィスから「さあ出発!」というときに大きい余震がきた。ドーン!という音が聞こえてシャッターが“ガガガガーッ”と物凄い音を立てた。あの時は一瞬怯みました。

■金田: 地震発生2日後に現地に入りましたが、主要道路は悲惨な状態で、普通には運転できない上に信号も動いてない状況でしたが、毎朝渋滞する前の6時には出発していたことも有り、普段とそれほど変わりなくお客様先に到着することが出来ました。

真っ先に浮かんだのはお客様のこと。怖いよりまえに覚悟は出来ていた。

■ あの時点で向かうのは怖くなかったですか?

斉藤: 怖いというよりも、全く連絡が取れない状況が続いていたので、お客様は一体どうなってるのだろう?という感じでした。
地震発生当日、首都圏のオフィスもかなり揺れた為、すぐにテレビを見ると自分たちが担当しているお客様の近くが震源地ということで、そのお客様のことが頭に浮かびました。被害状況の報道から、明日にでもお客様先に向かわなくては、と思い始めていました。怖いなどの前に、当然サポートに行かなくてはと、覚悟が出来ていましたね。

■金田: お客様は自分の生活も大きな被害を受けています。ですから、お客様からのサポート要請を待っているわけにはいかなかった。あの工場がお客様にとってどれだけ大切な工場かも分かっていたので、連絡を待っていては遅いと判断し向かうことを検討し始めました。
地震翌日の日曜日早朝から関係者で電話会議をし、安全第一、危険を感じたら引き返すという条件で安全具や食料等、考えられる準備をしての出発でした。

屋外のテント一つ、それが復旧本部。とにかくお客様の業務を復旧したかった

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