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※註:この物語はフィクションで、登場する人物・団体は全て架空のものです。
「新技術を導入する、新しい製品を開発する、そのたびごとにコンピュータシステムを作り直していたらどうなると思う? コストの問題だけじゃない、スタッフの頭を一から切り替える手間を考えてみたまえ。」
ヤマタイ産業を統括するCOO執行役員である桐原洋一は、いらだつ内心を懸命に抑えて言った。
東京臨海副都心に建つヤマタイ産業ビル最上階に設けられた会議室の窓からは、蒼から黒へと移りゆく空に微かな西陽の光が残っている。午後四時に始まった会議は、既に二時間を超え、出席者の集中力は散漫になり、やや投げやりにも似た沈黙が部屋中に満ちていた。
ヤマタイ産業は、創業以来八十年の歴史を持ち、電気設備製造メーカーとしては国内最大手の存在である。昔ながらの変電設備などの主要業務に加え、近年では、コージェネやデータセンターに欠かすことのできない無停電電源装置などの需要も増えた。また、将来に向けた事業展開の戦略的な柱としては、燃料電池分野への進出も開始している。
| 企業の発展、取り扱い業務の拡大につれて、製品やサービスの種類は加速度的に増えていく。それに伴ない、製品ごとの販売チャネルや取引先も著しく変わりつつあった。開発の進捗と共に、従来は取引関係のなかった相手、たとえば、燃料電池技術を持っている素材メーカーからの仕入れが増えるというように……。 |
事業内容の変化や、製品技術の革新は、企業自体の組織改革――とりわけ、コンピュータシステムの刷新を緊急の課題として迫りつつあった。
しかし、複雑化した企業において、それらは容易に実現するものではない。ヤマタイ産業のこれからの十年、二十年を見据える時、桐原の担う責任は重かった。
「将来、燃料電池は、工場やビルなどの産業分野にとどまらず、家庭での日常生活にも欠かせないツールとなるに違いない。これは、電話の無線化や、一部のテレビの有線化と同じぐらい革命的な出来事だよ。現在の携帯電話の普及を見れば、想像がつくだろう。」
桐原は、視線を落としがちな出席者に最後のハッパをかけるように声を高めた。
「我々の業界も、新しいチャレンジが必要な時期を迎えている。急速な変化を待ち構えて適合するだけでは足りない、積極的に素早く変化に対応していくことできなければ、我々が先頭を走りつづけることは困難なんだ。そのためには、社内コンピュータシステムについても、思いきった一歩を踏み出してもらいたい。私が君たちにお願いしたいことは、それだけだ。」
桐原は、そう会議を締めくくった。
窓の外は暗闇に変わっている。一日の終りが、重く肩にのしかかっていた。自らも明確な答えをつかめないままに、半ば無理を承知で改革を唱えている自分の役目が辛かった。仕事を頭から放り出し、リラックスしたい気分になった。
こんな時は、若手を誘って飲みに行くにかぎる。もちろんCOOとしての立場はあるものの、会社を離れれば、若手社員に対しても、先輩あるいは兄貴分のようなスタンスで、できるだけ気軽に付き合おうと心がけている。
会議のメンバーの若手数人に声をかけ、桐原は賑わう街に出た。その中に、中条かすみも加わっていた。IT部門に所属する入社六年目のかすみは、課長補佐級に抜擢されている期待の有望株だが、仕事上で発揮する能力とは好対照に、日頃は、時おり周囲を唖然とさせるような能天気な一面をも発揮する明るい性格の持ち主である。
満席に近いざわめく洋風居酒屋の一隅での会話は、他愛のないスポーツや芸能に関するやり取りの後、自然に会議のテーマであった業務の改革に向いていった。桐原は、オフィスとは違ってザックバランに話を進めた。
“我々と競合しているM社は、ヤマタイ産業の後を追って、家庭や小規模事業所で使える燃料電池を送り出してきた。もちろんまだこの分野の市場は大きくないが、技術の進歩と価格の低下は、これからすさまじい勢いで進むだろう。新たなツールの普及には必要なプロセスだ。その過程で当面のシェアが定まっていく。開発費もかさむ。難しい舵取りが求められる……。”
「そういえば、コンピュータの全社システムのことなんですけどぉ……。」
この年代の若者らしい妙に尻上がりな口調で、かすみが話しはじめた。
桐原はじめ、皆が彼女に注目する。それでも、幾らかのアルコールに頬を赤くしているかすみには、臆する様子もない。
「“疎結合”のシステムってコンセプトを大学で習ったことがあるんですよぉ。ガチガチに定義して連結するのではなくて、分散したデータベースなりサーバーなりが、必要なサービスを必要な人に提供するというようなイメージで、SOA……サービス・オリエンテッド・アーキテクチャーだったかな。これは、変化に強い、どんどん変わっていけるアーキテクチャーということなんですけどぉ……。」
『SOA? 何だ、それは?』
桐原は、大して真剣には聞いていなかった。耳慣れない言葉は意識にとどまらず、代わって、明日午後、燃料電池の新技術を開発中のベンチャーと予定されている面談のことが頭をよぎった。提携か、企業買収まで進むのか。彼らの素材技術と、拓かれはじめた市場のリスト等のデータをヤマタイ産業のシステムにいかに組み込むのか、問題は山積している……。
「……わたしの学生時代には、マシンの性能もインフラの速度もソフトウエアの技術も追いついていなくて、コンセプトレベルで語られていたと思うんです。でも、最近、SOAという文字をどこかで見たような気がして……。もしかすると実用レベルに達しているのかも……。」
気づくと、かすみが教師の評価を待つ小学生のように桐原を見つめていた。彼は、ほとんどこの小柄な女性ITを勇気づけるだけのつもりで応えた。いずれにしても、ここは、真剣にアイデアを討論する場所ではないのだ。
「面白そうじゃないか。調べてみてよ。」
かすみは、屈託のない笑顔を浮かべてコックリとうなずいた。
これがなかなか一筋縄ではいかないことを、かすみはまだ知らなかった。 |
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| (つづく) |
| 制作クレジット |
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| 脚色: |
大西赤人 |
| シノプシス作成: |
日本ヒューレット・パッカード シニアコンサルタント近藤史人 |
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