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※註:この物語はフィクションで、登場する人物・団体は全て架空のものです。
(前回までのあらすじ:ヤマタイ産業COOの桐原洋一は、他社との厳しい競合を控えた燃料電池事業などの分野において、競争を勝ち抜けるだけの体制革新を求めていた。そんな時、IT部門の若手女性社員・中条かすみが、SOAに課題解決の可能性を見出して調べはじめた。変化に強く、企業のアジリティを加速するSOA。桐原は、かすみの着眼を信じて検討を命じた……。)
「社内に散らばっている情報を疎結合のアーキテクチャーでつなぐって言うけれど、そんな状況が実際に起こっているの? 我が社のERPでは、そういうことはあり得ないと思うんだがなあ。」
SOA検討を始めるためのIT業務連絡会の席上で、IT部長の安東真也は、中条かすみを見据えて挑むように言い放った。現在のERPは、業務分析を重ね、練りに練って作り上げたものだ。彼には、“業務はこれで動いている”という自信があった。かすみがどう答えるべきか迷っていると、新事業部署の荒垣課長が申しわけなさそうに口を開いた。
「ええとですね、燃料電池生産管理では、しばしばERPのデータをエクセルに落として、最新のデータを追加して使っています。技術と仕入れ先の変更が主な理由ですが、先日みたいにM社が安い新製品を出したりすると、生産調整も即座に必要になりますから……。」
荒垣の言葉をきっかけとして、営業現場や開発・生産現場の出席者が次ぎ次ぎに発言し、意志決定や業務遂行に必要なデータがメールや共有ファイルを通じて、ERPに関わりなく使われている実態が一気に表面化した。
安東は、これまで気にかけていなかった“例外業務”や新しいデータ要素が意外に多いことを改めて知らされ、愕然とした。しかもそれらは、ITの管理を外れた場で勝手に流通していたのだ。
彼には、ベスト・プラクティスの観点から企業効率を見直し、工場の生産管理から会計までを網羅した優れたERPを作り上げたという自負があった。ひとたび定義が成立してシステムが構築されたら、それに皆が従うのがルールだと安東は信じてきた。“ベストプラクティス”ありきという考え方自体は、やや強引すぎるだろうかと自分でも時々思わなくもない。しかし、それでなければITは企業活力として活用されない、という確信は変わらなかった。第一、変化への対応といっても、現実のビジネスは細部において時々刻々動いている。その一つ一つにすべて手当てをしていたら、予算と時間がいくらあっても足りないではないか!
けれども、そんな自負の一方、安東の心は揺れはじめていた。社内システムは、たしかに何らかの改革が必要な時期を迎えている。現在のERPをブラッシュアップすることで乗り切るのか、それとも未知であるSOAの導入検討に踏み込むのか……。
「部長、やはりSOAを本格的に検討すべきだと思います。」
かすみが小さいながらも決然とした声で言う。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた安東は、数秒の沈黙の後、それでもようやく僅かに首を縦に振った。
「業務内容を分析した上で、ウチが自力で“サービス”の粒度を決定することができなければ、ユーザー企業としてSOAの導入は成功しないと思うね。」
桐原の裁可を受け、かすみは、安東とともに日本ヒューレット・パッカードのセミナーへ参加した。しかし、ヤマタイ産業へ戻ってからの安東は、相変わらず懐疑的な感想を連ねていた。彼は浅く腰かけた回転椅子を左右に揺らしながら、かすみの反応を待つように言葉を重ねる。
「分散させたそれぞれのサイトでエラーやダウンが発生したらどうするんだ? 管理機能が確実なものになっていなければ、影響はたちまち大きく広がってしまうだろう。管理、監視、十分なアベイラビリティの確保は絶対に欠かせないはずだが、どうやってそれを担保する……?」
後から後から課題ばかりを指摘する安東が、本音の部分ではSOAに対するわだかまりを完全に払拭していないことは、もちろんかすみにもよく分かっていた。分散を追求するSOAの根本理念は、彼にしてみたら従来の経験や実績を否定するもののように感じられてしまうのだろうとかすみは想像した。
「君は、緩やかなアーキテクチャーよりは、強く結合しているシステムのほうが有利だとは思わないの?」
かすみは、自分でも考えをまとめるように言葉を選びながら応える。
「たしかに、分散したそれぞれの現場が個々の判断に基づいて“サービス”を提供するわけですから、それら総てを統合的に見る仕組みは必要だと思いますけどぉ……。」
安東は我が意を得たように坐り直し、かすみを指差した。
「そうだろう? つまり、構築を進める段階から運用まで、我々のガバナンスが重要なんだよ。それが保証されなければ、SOAなんて画に描いた餅さ。」
かすみは黙っていたが、心の中では大声で言い返していた。
『そこです、要は、ガバナンスとやる気なんです。ネットワーク全体を監視する方法は必ずあるはずです。あとは、それを作り上げるエネルギーと努力さえ惜しまなければ、SOAは成立すると思います!』
表面的には完全に対立しているかのようなかすみと安東との間でも、実は基本認識は一致しはじめていた。事業環境が日々刻々に変動し、新しい部署が立ち上がり、顧客も移り変わる中で、SOA以外の手法にシステムの将来があるとはかすみには考えられなかった。これを実現することができなければ、次代に向けての俊敏なITは構築されず、ビジネスのスピードに遅れてしまうだろう。その理屈は安東にもうなずけるものだったのだが、ただ、いまだに彼は、SOAの現実的な運用イメージをつかむことができずにいた。
二人は、SOAコンピタンシーセンターでビジネス課題をシミュレーションしたデモを体験し、疑問点をコンサルタントと議論した。それを通じて、SOAへの理解も次第に深まった。体験デモには、桐原も時間を割いて参加した。
安東の内心のジレンマは相変わらず残っていたが、それが過去の仕事のやり方を変革することに対する心情的な抵抗感であることは、自分でも次第に分かりつつあった。
『パッケージソフトをカスタマイズするのとは事の次元が違う。慎重さも大事なのさ。』
安東は、懐疑心を発揮することでこそ良い結果に出会えるという自分のポリシーを今回も貫こうと心に決めていた。
「材料は出そろったようだね。君の見解を聞かせてくれ。」
SOA導入の可否について結論を下す会議の席上、桐原が安東に向かって問いかけた。かすみは、机の陰で、膝に載せた両手を握り締めている。果たして彼がどう答えるのか、かすみに確信はなかった。一瞬間を置いてから、安東は冷静な口調で話しはじめた。
「日本ヒューレット・パッカードのコンサルに入ってもらうべきであると考えます。」
かすみは思わず、安堵の息を吐いた。そこには、安東があくまでも客観的かつ合理的な判断に徹したことへの幾分の感嘆も交じっていた。
「従来のIT部門の人間だけで実現することは難しいでしょう、大きなチャレンジだと思います。言ってみれば“ヤマタイ・チャレンジ”です。しかし、これをやりとげなければ、会社の競争力に決定的なマイナスが生じることは明らかです。正直なところ、運用イメージや、“サービス”の定義を確実に実行するステップはまだ必ずしもクリアではないのですが、それは追々に解消されるでしょう。いえ、解消しなければなりません。私としては、中条をプロジェクト・リーダーとすることが推進のために最善の方法であると考えます。彼女は、SOAを誰よりも研究しています。」
かすみは、驚きとともに安東を見やった。
『わたしがプロジェクト・リーダー!?』
そんな彼女に視線を走らせ、安東は僅かに眉を動かしてから言葉を継いだ。
「その代わり、作業プロセスや運用に関するガバナンスは絶対必要です。その点を保証してください。」
かすみのとまどいをよそに、桐原が決断を下した。
「よし、分かった。それでは、ヤマタイ産業としてSOAの導入を決定しよう!」
こうして、まずは販売チャネルのアジリティ強化を最優先課題にプロジェクトが始動した。かすみもまた、重い責任を果たすべく、今まで以上に懸命に努力を重ねた。“サービス”の粒度を定義づける作業が進行する頃には、IT部門にとどまらず、社内全体に新しいアーキテクチャーへの期待感が広まっていった。それは、社内PRにより、新たなビジョンが社員ひとりひとりに浸透したことの現われだった。
15か月後、先行していた燃料電池部門で、SOAは部分的に稼働しはじめた。紆余曲折を経て吸収合併に至ったベンチャーも、新規に増加した販売チャネルも、時間を無駄にすることなく社内システムに組み込まれた。新しい原材料への転換や、市場のニーズの反映も格段にスピード・アップされている。明らかに、部門としての「速さ」が変わったのだ。この「速さ」――アジリティがもうすぐ全社で適用されるようになる……。
部分導入の効果測定が完了した日、桐原は、かすみと安東を誘い、三人だけでささやかに祝杯を挙げていた。
「これは第一歩だ。安心するなよ、まだまだ先があるんだからな。」
言葉の厳しさとはうらはらに、グラスを手にした桐原の顔には満足感が漂っていた。安東の表情も、ようやくふっ切れたように明るくなっている。
「やったぁ、乾杯!」
今日だけはプロジェクト・リーダーという職務などどこかに忘れてきたかのような天真爛漫な笑顔になったかすみが、例によってフライング気味に音頭を取り、グラスを掲げる。桐原も安東も、そんなかすみをにこやかに見やりながら、彼女のグラスにそれぞれのグラスを音立てて合わせた。
「“ヤマタイ・チャレンジ”に乾杯!」
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| 全三話おわり |
| 制作クレジット |
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| 小説脚色: |
大西赤人 |
| シノプシス作成: |
日本ヒューレット・パッカード シニアコンサルタント近藤史人 |
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